こんにちは。
自律神経専門の整体サロンnaturaの平山です。
「先生に触られるところ、全部痛いです。何か見えているんですか?」
施術中、時々こう聞かれることがあります。
いいえ、見えているわけではありません。
ただ触れた瞬間に、いくつかのことが「わかる」んです。
1、そこを触ると体が整っていくのがわかります。
2、力を入れているわけではないのに、触れた場所から体全体の緊張がふっと緩んでいくような反応が伝わってくる。
3、そこを押さえたら気持ちがいいだろうな、というのもわかります。凝りや張りがある場所は、指先を通してその「本人も気づいていない気持ちよさ」が伝わってくる感じです。
4、そこを押さえると気のようなものが通っていくのがわかります。滞っていたものが、触れることでスーッと流れ始めるような感覚です。
見ているのではなく、触れて「感じている」。
経絡も同じです。
目に見えるものではありませんが、触れれば確かに感じ取ることができる。

そしてこれは、特別な才能や霊感のようなものではありません。誰でも、練習と経験を積めば身につけられる感覚です。
私自身も最初からわかっていたわけではなく、何千、何万という体に触れてきた積み重ねの中で、少しずつ研ぎ澄まされていったものです。
この感覚は、なぜ「隅」に追いやられてしまったのか
こうした感覚は、今の医療の中心では扱われません。
ただ、それは西洋医学そのものに問題があるからではなく、今の医療制度のあり方に理由があるように思います。
昔のお医者さんは、目で見て、触れて、生活の状態を聞いて、総合的に判断していました。
ヒポクラテスの時代から、医師は体を一つの生命体として全体で診るものだったんです。中国でも同じように、体の表面と内臓のつながりを陰陽の思想とともに体系化し、触れて感じ取る技術を磨いてきました。
つまり、経絡も、気も、触れてわかる感覚も、もともとは「全体を診る」という医療の姿と地続きのものでした。
その後、解剖学や実証主義が発展し、目に見えるもの、測定できるものを積み上げていく医学が確立されていきます。
これは患者さんを守るための、とても大切な進化でした。
効かないものを効くと信じ込ませない。
個人の経験則だけに頼らない。
血液検査、MRI、レントゲン:これらは触れるだけでは絶対にわからない情報を教えてくれる、なくてはならないものです。私自身も、西洋医学に何度も助けてもらってきました。
ただ、医療が高度化し、専門分化し、限られた時間の中で効率的に診なければならなくなるにつれて、「触れて、話を聞いて、全体を診る」という時間そのものが、制度の中で削られてきたようにも思います。
これは西洋医学の限界ではなく、今の医療のあり方の話です。

証明されなくても、naturaが大切にしているもの
触れてわかる感覚、経絡、気:これらは、数値化できない代わりに、人類が長い間大切にしてきたものです。
西洋医学にしかできないことがある。
同じように、触れることでしかわからないこともある。どちらが正しいという話ではなく、いい関係で補い合えるものになればいいと、私は思っています。
証明されるかどうかに関わらず、目の前にいる方の体は確かに変わります。緩んだ体、深くなった呼吸、施術後の「軽くなりました」という一言。
それが、今の私にとっての一番の答えです。
もし体に気になる症状があれば、まず医療機関を受診してください。
そのうえで、生活の質を上げる一つの選択肢として、こうした手技があることを知ってもらえたら嬉しいです。
私の身近にも医療の道を歩んでいる人間、これから歩もうとしている人間がいます。だからこそ、今の医療が捨てたものではないことを、実感として知っています。むしろこれからの医療は、もっといい方向に発展していくと信じています。
見えないものを見えないまま扱う技術と、見えるものを正確に測る技術。その両方が、これからますますいい形で補い合っていくことを願っています。




















